2017年05月12日
社会・生活
上席主任研究員
貝田 尚重
国立社会保障・人口問題研究所が4月10日発表した「日本の将来推計人口」では、世界の先頭を切って超高齢国家へ突き進む日本の姿が改めて確認された。5年前の推計より少子高齢化のペースはやや緩和しているが、高齢者が増加し、生産年齢人口(15~64歳)が大幅に減る基調は変わっていない。遠くない未来に高齢者で溢れる社会がやってくるのは確実だ。
超高齢化が進む日本
(社会保障・人口問題研究所のデータを基に作成)
こうした中で、既に、深刻な問題となっているのが高齢者の住宅問題だ。賃貸物件に住むためには、65歳という年齢が大きな壁となって立ちはだかる。賃貸の条件に年齢制限がうたわれていなくても、「家賃滞納」「孤独死」「失火」などのリスクを恐れ、貸し主や不動産会社、管理会社などが暗黙のうちに高齢者の入居を回避しようとするためだ。
R65不動産(東京・杉並区)は、首都圏の1都3県で65歳以上の高齢者を対象に賃貸物件を専門に扱う不動産仲介会社だ。有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅の紹介ビジネスは世の中に数多くあるが、健康で自立して暮らせる高齢者のために、普通の賃貸住宅を紹介する不動産会社は現状では極めて珍しい。
代表取締役の山本遼さん(27)は、2012年に大学を卒業後、愛媛県内の不動産会社に就職した。2013年から東京で賃貸物件の営業を担当し、80歳代の女性の物件探しで苦労した経験が起業のきっかけとなった。「自立した自分らしい暮らしを送りたい、そんな方のお手伝いをしたい」と2015年5月に独立、2016年4月に法人化した。山本さんにインタビューを行い、高齢者の住宅事情を聞いた。
R65不動産 山本遼代表取締役
「連れ合いに先立たれ、一軒家は一人で暮らすのは広すぎる」「子どもがいないので、早い段階で不動産は処分しておきたい」「同居は希望していないが、娘夫婦の近くにマンションを借りたい」―。このように、高齢になってから賃貸住宅への入居を希望するケースは少なくない。しかし、高齢者というだけで、賃貸物件入居のハードルは高くなる。さらに、「単身者」「ペットの室内飼い希望」などの条件が加わると、物件はほぼ皆無になるという。もともと一軒家を所有していたり、生活のための十分な蓄えがあり、年金収入などで経済的な不安が全くないケースでも、希望する場所に住むのは容易ではない。
R65不動産では、貸主に対して高齢者が入居するメリットを説明し、理解を求めるよう努力している。例えば、単身の20歳代や30歳代の若者が2~3年で転居するのに比べると、高齢者は長期入居が多く、募集コストや転居に伴う空室期間の無駄を省くことが可能だ。また、ゴミ捨て・生活音などの面でマナーが良いため、入居者同士のトラブルが少なく、貸主に対する要望も控えめだ。孤独死や失火などのリスクは、見守りサービスの利用や声掛けなどによってある程度低減することもできる。
連帯保証人が立てられないために、賃借できないケースも多い。通常、連帯保証人は「親・兄弟・子どもの三親等内の身内」「入居者が家賃を支払えなくなった場合に代わりに支払える収入があること」が求められる。高齢者の場合、親兄弟も高齢化して収入がなかったり、子どもがいても遠方に住んでいると連帯保証人として認められない場合もある。連帯保証人の役割を代行する民間の保証会社もあるが、利用者の年齢制限を設けていることが多く、ここでもハードルを越えられないことになる。
R65不動産では近く、保証人を立てられない高齢者に賃貸物件を提供するため、同社で物件を借り上げた上で高齢者に転貸するなどの手法も導入する。「高齢者が入居することをリスクと思っている大家さんがいるのであれば、それを大家さんに全てお任せするのではなく、R65不動産も一緒にリスクをとります。自分たちがどこまでリスクを負えるかを見極めながら、小さいながら取り組みを始めたい」―
「ペット可」「防音完備」など現在ではさほど珍しくない賃貸物件も、希望する人が出始めて、社会的に受け入れられるまでおおよそ30年を要したという。山本さんは「高齢社会が現実のものとなっている今、すぐにでもやらなければ間に合わない。高齢者が物件を借りられない現状を放置したままでは、30年後は悲惨な社会になってしまう」と指摘する。
「実はR65不動産を始めてから、大家さんの方から『高齢者に貸したい』『困っている人に使ってもらいたい』というご提案もいただくようになりました。その気持ちにどこかでフィルターがかかって、借りたい人に上手く仲介できていないのが社会の現状。情報が足らずに、イメージだけで『高齢者お断り』としている仲介会社も多い。高齢者にも貸しやすい仕組みをR65不動産が作り、事業として成立することを見せていくことで、後に続く同業者が増えてくれればいい」―
山本さんは「世の中に対して時間とお金を投資して、世の中がいい方向に変わることを目指す」という。その理由を尋ねると、「自分自身が年をとった時に、元気なのに、子どもに介護福祉施設に行くように言われたら、すごく嫌だと思うんです。年をとっても自分らしく、好きな場所で暮らしたい」―。自らの目指す未来が社会の課題に重なり合う。そして、山本さんが目指す未来は、私たち一人ひとりの課題でもあることを心しなければならない。
(写真)佐々木 通孝
貝田 尚重